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母の病室から見える風景~その後~
 母より2週間ほど遅れて入院されたYさんは、小柄でいかにも身がるそうな可愛いい感じのおばあさん。同じように大腿骨を骨折されて手術を受けたのだが、「トイレに行きたい」が口癖だった。でも看護師さんからは、「管がついているから大丈夫ですよ」と静止されてしまう。「わかっているけど、何だかした気がしなくて」とYさん。それでも、看護師さんの「大丈夫」に押されて納得せざるをえない。看護師さんが帰ると、「せつないねえ、せつないねえ」とつぶやく。こんなやりとりが何回も何回も続く。そのうち看護師さんは、「もう少し我慢してね」と哀願するように言う。Yさんは、いちお「そお?」と言って折れる。
でも、切ないことに変わりはない。またしばらくするとごそごそ動き出す。「どうしましたか?」と看護師さんは飛んでくる。離床センサーのおかげで、全ては看護師さんのお見通し。そんなこととは露知らず、何度もベッドから抜け出そうとするYさん。
 そして、同じやりとりが始まる。看護師さんが去ると、「せつないねえ、せつないねえ」とつぶやくYさんのその切なさが私にも切なくなってくる。そのうち、看護師さんの「もう少し我慢してね」の「もう少し」とYさんの考える「もう少し」が噛みあっていないような気がしてきた私は、何度目かに飛んできた看護師さんに、「あとどのくらい待てばいいのでしょうかね」と聞いてみる。「抜糸まで」という答え。「あと何日くらいしたら抜糸できるんでしょうね」と私。「あと3,4日」と看護師さん。それは、私も驚くくらいの「長~い長~いもう少し」だった。看護師さんが帰ってから、私だけではなく隣のIさんも、「あと3晩寝ればトイレに行けるそうですよ」とYさんを慰める。

 「何もやることがなくてね」という母に、そんなときはどんな風に時間を過ごしているの?と聞いてみた。「窓の外を眺めてる」と母。「でも、変わらなくてね」とも。「この間、鳩が来たよ!」と言って、しばらく間を置いてから「カラスよりましでしょ」と目を丸くして言う母に、私は思わず吹き出してしまう。「昨日はね、欄干(窓の前のテラスの)から垂れる水滴を見ていた」と語る母の言葉に、乾いた病室から見える雨の日のこんな風景が、私の目にも鮮やかに映るのだった。

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エコールの受講生さんから、折り紙4枚で作る独楽の作り方を教えてもらった。早速母に持って行った。テーブルの上で回して見せると、「きれいだね」と思わず手を伸ばし、自分でも回してみる。くるくる回る色鮮やかな回転木馬のように楽しい。Yさんにも差し上げた。「きれいですね」と、何度も何度も回していらっしゃる。この日は、園芸療法の生徒さんからいただいた富山の薬売りの紙風船も持って行った。母もYさんも一生懸命膨らませて、遊び始める。そこから始まった母の子供の頃の思い出話(時々私の子供時代の話と混じり合うのだが)。絵まで描いてくれた「陣地取り」も面白かったが、下駄スケートの話にはびっくり。歯のすり減った下駄の裏底に箱釘(箱用の釘だそうだ)を打ちつけて、鼻緒をつけてスケートのようにして滑って遊んだそうである。普段はむしろ無口な母が、思い出が堰を切ったように流れ出て2時間も話し続けた。今まで耳にしたこともないような話がたくさん聞けて、入院という時間にちょっと感謝する娘。独楽のお陰、紙風船のお陰!

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庭の紅梅と日本水仙を数本切って母へのお土産に持って行った。水仙は甘くさわやかな香りを、電車の中でも病室の中でも放ってくれていた。Yさんはじめ最近同室の人となったYSさんも、「あ~きれい!あ~いい匂い!」と喜んでくださる。ほとんど言葉を交わすことのないMさんは、いつもベッドに横になって目をつぶっていらっしゃる。恐る恐る近づいていって、声をかけてみる。「Mさん、お花をお持ちしましたよ」と。「えっ?そうですか?」とむくっと起き上がるMさん。何だ、こんな力があったのか、と驚く私。大きく目を開けて「ありがとうございます」と言ってくれる。「私は耳が遠いからよく聞こえなくて」ともおっしゃる。だから話の輪に入れないでいたのだな。
 「これは口紅水仙?」と、ちょっと勘違いする母。昼食を運んできた看護師さんも、車椅子を取りに来た理学療法士さんも、体温を測りにきた看護師さんも、「かわいいね」「いい匂い!」「中にいても外を感じられるね」などと声をかけてくれる。
 昼食後、母に水仙の水揚げをしてもらう。茶碗を持つ母の手は震えがちだったが。水の中で水仙の茎を切りながら、「太いねえ!」と感嘆符つきの驚きを表す母。水揚げした後の花を眺めながら、「今日、一番の正解だったね」と突然つぶやく。「えっ?」と私。「みんな何かかんか声かけてくれたでしょ」と言うのである。そのことが、母にとって「正解」だったのである。「太かったねえ!」ともう一度、あのときの驚きを、目を丸くして再現。「でも大したものだねえ。風に吹かれても折れないんだからねえ。植物の生命力というか何て言うか、凄いねえ!!」としきりに感心する母。園芸療法の真髄を絵にしたような母の言動に、おかしいやら、改めて感動するやらの娘でありました!!

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by ST-G | 2009-02-16 20:47
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